1918年6月某日 野口英世博士が黄熱病研究のために南米エクアドルに派遣される
既に細菌学者として名を馳せていた野口英世は、黄熱病研究のためにエクアドルに派遣された。
間も無く、野口は黄熱病の病原体の特定に成功したと報告した。
この大発見をもとに大量にワクチンが製造された。
しかし、野口が発見した病原体は黄熱病に似た別の病気のものではないかとの見方が強まり、ワクチンの有用性にも疑問が持たれることになる。
そして、このワクチンを自ら接種した野口も、黄熱病に倒れるのであった。
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